トイレ連込みプロジェクトについて 2001/05

経緯

朗読をはじめた90年代のはじめは、夢中だった。朗読をきく人もする人も、まわりにはいなかったから。
芝居やパフォーマンスの制作をしながら、遊んでいた10代の経験が役にたったのか、わたしはイベントと して朗読会をたちあげていった。映像を用意したり、テキストをスライド併映したり、音楽の人とコラボレートするとか、いわゆるミクストメディアを実践していた。表現者として、いっちょまえにやろうとしてた。

覚悟

それは、大切なことだと思う。人前にたつときのある種の覚悟。それを発揮するために、企画・打ち合わせがあり、段取りがあり、現場がある。

舞台

朗読会というハコでは、お客さまがいて、スタッフがいて、いまから朗読はじまりますよ、という装置のもとで行われる。装置には、暗転をしたとしても気配としての他者がある。さらにもっといえば、舞台にたった詩人は舞台という境界線に守られているともいえる。
詩の朗読って、そんなにガチガチなものじゃないように思う。たとえば上質なお茶のようなもの。

日常

詩人の友達ができたり、詩をわたしが朗読をするという認知がなされたためか、友達が新作をよろんできいてくれたりするようになった。部屋に帰ると、留守番電話に詩が録音されていたり、詩人の友達とカフェでお茶をしながら最近こんなんつくってん、と陽射しのなかでよんでみるとか。イベントの熱のこもった朗読とはちがう、ちいさな詩の時間。日常にすんなりとはいりこんだ言葉たちは、ふたりの間の共通の記憶となった。

発端

たぶん1997年の「ギャラリーそわか」での、イベントに参加したときのことだとおもう。
わたしの企画は、「あなたのために詩をよみます。青色の着物の詩人をみつけてください」というもの。
ファイルを数冊、テーブルや目につく場所においておき、それをみたお客さまが、この詩をよんでと話しかけてくれる。場所を相談して、いっしょに移動して詩を朗読した。階段の踊り場。屋上で。扉をでてガードレールに腰かけて。そのなかに、トイレで、という意見の一致があった。

便所

たいていは、一人でいる場所。 そこにふたりで入る。装置の面白さとしては画期的だと自画自賛。わたしの朗読がいいんじゃなくて、ふたりで入るというだけで、もう効果は充分なのだ。目撃者がいることも重要だ。

共犯

トイレ連込みやります、というイベントをうったのは2000年の秋。奈良の浮遊代理店での「美にとって言葉とはなにか」という某哲学者とのふたりイベントだった。一部はわたしの朗読、二部はその哲学者の講議。その間、お客さまはひとりづつ手をとられ、トイレに連込まれるのである。
トイレ連込みの欠点は、わたしが連込んでいる間、会場がほったらかしになること。別出し物を用意したとしても、朗読中とか、パフォーマンスの最中に横切ってお客さまを物色していくわけだから、そんな失礼な出演は頼めないわけで、この哲学者との個人的関係において、それが可能だったのはありがたいことだった。とはいえ、この講議はたいへん負荷の高いもので、わたしが何度か通り過ぎてゆくことによって、奇妙な時間の経過を経た。講議としても面白い造りになったものと思われる。ともかくトイレ連込みには、お客さまという共犯者が必要なのだが、さらにそれを遂行するための背景にも共犯者が要る。

男女

トイレ連込みをイベントとして行ったのは、これまで3回あるが、ぬきうちトイレ連込みなるものを数回行った。酒場で、店側の了解を得て、友人やみずしらずの人を。それから、朗読とのコラボを考えていた太鼓ミュージシャンに。この時は、大坂難波のトイレを探し求めてあちこちを歩き回った。トイレは至る所にあるようでない。男女別のばあい、どちらに入るか、おおいに悩むところである。

密室

わたしの声は大きくない。ノイズを隔てたトイレの空間で、わたしは喉の辛くない大きさで声をだす。初対面の方であれば、すこし話をして、できるだけその人に聞いてもらいたいというテキストをファイルから選びだす。声帯がふるえて、耳に届くまで、密室の空気はすこし体温に似る。