C/P カルチャーポケット

ぽえ犬と詩人は歩きながら考える1 2003/05

その線は、意志なのよ。コトバであり、光なの。

「美術の中のかたち‐手で見る造形展」1989年から継続的に開催されているこの展覧会は、立体的な作品に手を触れて鑑賞する。視覚に障害のある方々にも美術館が親しまれ、目で見ることを前提とする美術を「触る」方法によって鑑賞のあり方そのものを問いかけるという目的から始まったそうだ。わたしが昨年秋からワークショップを行なっている視覚障害者施設「ライトハウス」職員・井野さんが企画された「みんなで美術館へ行こう!!」。木々が春を枝先に溜めて膨らんでいる2月23日に催された。

13:30、安藤忠雄建築の立派な兵庫県立美術館のレクチャールームに、白い杖の人たちや参加者が集まっている。黙って彼らが一部屋に集まっている時、そこには穏やかだけれどテンションのある静寂が広がっていて、いつもハッとさせられる。普段、無神経に「居る」という行為を行なっていることを反省するのだ。そして、盲目の作家・光島貴之さん(http://homepage3.nifty.com/mitsushima)と金髪の学芸員・服部さんが並んで、OHCを使いながら、和やかにおはなしが始まる。今回は、美術館所蔵のブロンズ像を光島さんが8点選び、それから発露するイメージで平面作品を光島さんが制作した。画面に映った作品を順に解説。自宅の京都から美術館まで何度も足を運び、選び取った線は、どれも美しい。こういった前説は、お寺の参道のようで、石畳を踏みながら中心の作品へと誘われてゆく。あたりの庭の木々や石の景色、光や風の具合がその寺の尊厳をもう現わしているのと同じで、ふたりの話にぐいぐいと魅きついけられていくから、展覧会もたいへん楽しみになってくる。

いよいよ展覧会場へ。晴眼者はアイマスクをして鑑賞することもできる。2人1組になり、一緒に行った妹を案内する。ことばで作品を伝えるが難しく、彼女が何をとらえているのか興味深い。誰かとぶつかったりしないか、転ばないか、注意をはらいながら手をとる。

今度はわたしがアイマスクをして妹に手をひかれる。先の前説が作品への全体像を思い出させてくれる。当てモンではないのだから、むしろ線をなぞり、その触感でなにかを感じ取りたいと思い、手のひら、指の神経をそばだてる。手に集中しているとぐったりと痺れてくる。光島さんが「スローに生きるのも大事だと思う」と仰った柔らかい口調が思い出される。

そして光島さんの大きな一作「光のぬくもりを感じて」に触れる。3m×5mくらいはある平面には大地と木、鳥、太陽とその光が描かれている。光をなぞって、左上から右下へと対角線に身体をずらしていく。だんだんとからだをかがめていく。さきほど妹に「太陽の光が何本も斜線で伸びているのよ」と簡単な説明をしたところだ。指が画面の端に近づくころ、その線が、祈りのような意志をもって描かれていることを感じ取る。あきらめない、生きる強さが指先から伝わってくる。その時、思ったのだ。線は、彼の意志やわ、コトバと同じやな。限られた道具をつかって現わすのは、自身がどうやって生をにない、生きるかということの身ぶりなのだ。

輪郭の線は、意味をさししめすだけではない。意味するもの、意味しないものの境界をはっきりとしめし、その限界に行きつく努力によって、たちあがる。ことばが文字の行間に沈黙を内抱し、声は呼吸の間合いで成り立っているように。わたしは、指先でその線を確かめ確かめ、ゆっくりと丁寧にその意志を重ね合わせた。

「ぽえ犬と詩人は歩きながら考える」では、詩人が視覚障害者と関わる模様をレポートしていきます。月に2回、放出・視覚障害者施設ライトハウスにて「声とことばのワークショップ」を開いています。ご興味のある方はお問いあわせください。

C/P move on selection vol.2

上田假奈代 CDがついに出来上りました。

「あなたの上にも同じ空が」詩と朗読:上田假奈代

1.潜るならこの空に
2.あたしはヒゲコ
3.連歌詩
4.空想シーソー
5.水槽のメモリィ
6.それぞれの人生は、はじまってしまうものなんよ

技術監督:伊藤“cue”伸治(L.A.B.)
発行元:APMレーベル(APM-1002)
発売元:(有)インテラスディック社
特別感謝:詩のオーケストラ / 芸術創造館
2,000円(tax out)

ぽえ犬と詩人は歩きながら考える2 2003/07

声はココロ、なんよ。

日射しがビルディングに反射して、もっと眩しくなって、夏のアスファルトの温度をあげる。ぬるい風。この風が冷たく袖口にふきこんでいた頃のことを思い出す。

所在なげな晩秋の夜遅くに、電話が鳴った。わたしが主宰する「詩の学校」に通う飯島は「手を貸してください」と懇願の声である。さきほど、初対面の女性に視覚障害者施設の入所者の発表会のために稽古をつける依頼をうけたのだと言う。彼は「一緒に来てほしい」とつづける。
元ミュージシャンだった彼も、わたしも、これは「詩人の仕事」だと直感した。

電車を乗り継ぎ、放出駅の改札口で待ち合わせた彼は頭をさげながら、タクシィに乗り込む。
おおきな公園の傍らに停車したタクシィ。こどもたちの歓声が聞こえる。道のまん中にまで、銀杏が黄金色の葉を落している。
施設は、学校の宿舎のようだった。迎えてくれた女性が、飯島を口説いた職員の井野さん。笑顔をひとめみて、このと人なら一緒にやれる、そう思った。
案内された体育館には、すでに円座になった彼ら。すこし緊張した面持ちで挨拶をかわした。

視覚障害といってもさまざまで、彼らは中途失明者であり、事故や病気で突然に視覚を失った人たちである。
コミュニケィションは、視覚情報によってとりもたれることが多く、それが失われると、対象相手が見えないために、関り方がわからなくなる。
そのうえ、事故による失明の場合は、脳の前頭連合野の損傷を伴うこともあり、問題を複雑にさせる。

さて、詩人に何ができるか。何をするのか。
彼らが自らの意志で舞台に立ち、他者に伝える勇気をもてるように、そのきっかけづくりをわたしは行おう。
他者に耳をそばだて、じぶんのこころの深くを聞くこと。
朗読に立つとき、いちばん大切なことは、耳を澄ますことだから。

初日の参加者は4人。事故で障害を持った若者が3名と、病気による失明者が1名だった。その中のひとり・ヌマさんは、返事したのかどうかも分からないほど。直角にうつむいた首、唇がほとんど動かない小さな声は、床へと落ちる。こんなに項垂れた人を見たのは、はじめてだった。視覚を失うとは、闇のような絶望なのか。
わたしは、目を閉じる。ひと呼吸し、そのまま受け止めようと、思う。彼らの暗く、静かなたたずまいに寄り添うように立つ。

彼らが発表会で披露すると決めている「贈る言葉」。歌詞をうろ覚えだというので、この詞をわたしが朗読することから始めた。「暮れなずむ街の光と影のなか、、、」どうして彼らは、この歌を選んだのだろう。胸中を思うと、この言葉がずっしりと重い。
わたしは歌詞を忠実に朗読することをやめた。詩人として誠実に向きあいたいと願った。それならば、借り物ではない光と影のイメージを持とう。
暮れていく歳末の街の雑踏や、鳥が渡っていく紺色の空を思った。イメージの輪郭をくっきり描きながら、声に置きかえていく。
彼らの研ぎすまされた聴覚と集中力が、わたしの声を水のように呼び込む。静まりかえった体育館。呼吸と同じように館内は息をしている。ゆっくりとその呼吸が、せつなく、穏やかになっていくのがわかる。
ココロの水面にほつほつと波がたつ。まるで記憶を手繰り寄せるように。

朗読を終えると、彼らは我に返ったように拍手をしてくれた。
そこから、始まったのだ。一ヶ月後に控えた発表会への道のりが、声を頼りに、彼らと向き合う時間が。

ぽえ犬と詩人は歩きながら考える3 2003/09

ことばは人生の認識であり、その深さが人生の明かりとなるから

ぽえ犬と詩人が歩いてきた道

視覚障害者施設「ライトハウス」(鶴見区)で、4人の中途失明者たちと始まったワークショプ。
「贈る言葉」の歌詞を朗読する。静まりかえった館内にやわらかな波がひろがった。

事故で視力を失った3人の若者は、はじめて聴いた朗読に驚きながらも「ちょっと泣きそう」とか「(胸に)来るなー」と、素直な感想を口にした。実のところ、これほどまで集中力の高い観客ははじめてである。
けれど、糖尿病で失明した30代のヌマさんは、まだ顔が床に向いていた。こころが床に落ちたまま。

いつのまにやら裸足になった飯島がギターを手にすると「よっしゃ、いっぺんみんなで歌おうか」と呼びかける。弦を鳴らすと、わたしたちは「せえの」で歌いだす。元気いっぱいの合唱、といった感じ。歌い終わって、わたしは困ったな、と思う。あの集中力とともにあった、彼らのこころはどこへ行ったのだろう。

「いちど朗読してみない?」と投げかけ、飯島がおもちゃの楽器を手渡す。ユウキにはアフリカンパーカッション、テッチャンには和太鼓、ヌマさんにはウッドブロック。タダッチにはギターを。職員の井野さんは洗濯板、スタッフの門田はマラカス。てんでに鳴らしはじめて、賑やかなお祭り騒ぎになってしまう。
そこで、飯島は「今日の雨のような音をだそうよ」と、やさしくギターの弦を押さえた。後に聞いたのだが、この時、心臓のビートを刻みながら、コードを弾いたそうである。

いつのまにか、誰がはじめたのか、ハミングがはじまる。ちいさな雨粒が窓をつたうような。「あなたのことばの『贈る言葉』を朗読してみて」と言うと、事前に申し合わせをしていたわけでもないのに、門田は励ますような低音のハミングを響かせ、井野さんは閃いたことばを口にする。飯島のギターは、風にそよぐ木々の心音のよう。
ゆっくりと、あの集中力が戻ってきた。雨の音は、遠くなり近くなり、わたしたちを包みはじめた。

手を膝に置いたテッチャンが、声をだした。
「暮れなずむ町の光と影の中。」
応じて、わたしたちはことばをみつけていく。
「光、光。」「ひかり。」「影。」「かげ。」「ひかり。」
彼らが人生の途中で突然に失ったもの。
雨に濡れて、立ち尽くしていた。

ことばはつづく。「ひかり」「日曜日のひだまり」。誰が呟いたか「朝の陽のひかり」。
木霊のようなハミングに、ことばが鳥のように羽ばたく。

今度の朗読はタダッチ。木訥とした語り口で思い出をさぐる。ユウキが茶々を入れるが、タダッチはそれに動じない。「ゆうぐれの町の」。誰かが後をひきつぐ「ゆうがたのかえりみち」。
「ひとりぼっちのかえりみち」と呟いたのはテッチャン。
飯島が「ひとり」と、ことばを返してしまう。
禁句にも近いそのことばの声に、わたしは目を閉じる。呼吸を深くし、平衡を保つ。祈りのような気持ち。
ことばの鳥は、そこで、おおきく羽を動かし、空気を揺らした。

すると、それまで全く落ち着きがなかったユウキが言った。「ひとりぼっちはいやだ」。
格好つけることが自慢の彼。口にだせなかったことばが、てのひらに乗ってさしだされた。
彼らの孤独が、正確にいうと、その場にいるわたしたちの孤独が、はだかになって、ただ雨に濡れる。
わたしは、それでよいのだと思う。
ひとりじゃないよ、なんて答えない。
孤独のことばが、こころを羽ばたかせ、人を今日の扉の前に立せるから。

ユウキは、それから両のてのひらいっぱいのことばを口にした。
雨のなか、ひとり歩いていく青年の背中のちいさな羽に、雨は降りつづける。

ぽえ犬と詩人は歩きながら考える4 2003/11

そのために、勇気が要る

ぽえ犬と詩人が歩いてきた道

視覚障害者施設「ライトハウス」(鶴見区)で、4人の中途失明者たちと始まった『贈る言葉』ワークショプ。なかなか素直になれない彼らが歌詞の朗読に挑戦。「ひとりぼっちはいやだ」と呟いた青年ユウキは、雨の音に耳を澄ます。

雨が降りつづいている。体育館のなかは、その雨より静かな声の雫。やわらかくこころの窓をつたう。事故で視力を失った3人の若者は、それぞれの孤独を浮かびあがらせ、穏やかな表情である。けれど、糖尿病で失明した30代のヌマさんの表情に変化はない。首を90度に傾け、床を向いたまま。

彼の傍らに行くと、そっとかがんだ。
肩に手をおいて「声、だせるかな」と、ちいさな声で尋ねる。
すべてを閉ざした背中は硬く、返事はない。
しずかな呼吸をつづける。
3人の若者たちのハミングは、細かな粒子となって館内を巡り、飯島のギターの音は季節の終わりを告げる夕暮れのよう。

「だいじょうぶよ。つづけてみて」と、わたしは『贈る言葉』の歌詞をゆっくりと口にする。
彼の頭が揺れて、それは何度も繰りかえされ、時間の感覚がなくなるほど、集中力が波打つ。そして、彼は口をかすかに開け「暮れなじむ街の」と発語した。

鳥が濡れそぼる羽を動かしはじめる。
焦らず、ゆっくりと。
いつも、飛ぶまでが困難だから。
勇気はそのために要る。

彼のちいさな声は、夕暮れのなかを歩き出す。歩きやすい速度になるようわたしの声は白杖のように地面の先を行く。追いかけるように彼は声をあげる。かぼそいけれど、ふたつの声はハミングの雨の和音に重なる。朗読をつづける彼の、うつむいていた頭がだんだんとあがる。最後まで朗読しおえた時、彼の顔は正面を向いていた。

ユウキが声をだして笑い出した。
みんなが手をたたいて、微笑んでいた。

それが、彼らとの出逢いの1日目となった。
声の光がさしこむ雨上がりのなかを、わたしは次の仕事へ向かう。

翌日、職員の井野さんから連絡が入った。ユウキたちから「あの人たちは一体何者なん?彼らは何をしたんか?」「俺らがしたいことはあれやない」「みんな一体になってるから、ちゃんとやりたい」と、話があったとのこと。彼らも、あの時間をどう処理してよいのか戸惑っている様子である。
「ヌマさん、てっちゃんの廊下を歩く姿勢がきれいになってる、ヌマさんが肩の痛みを看護婦に話し、リハビリをはじめ、歩行の自習に取り組みはじめた」との報告もうける。

それから、4回のワークショップを重ね、彼らは本番の日を迎えた。あいにく、その日のわたしは別の場所で詩のワークショップをしていたため立ち会えなかったのだが、参加した飯島からさっそく、電話がかかってきた。緊張していた4人だったが、立派に『贈る言葉』を語り、歌ったそうだ。そして、礼をした後に、ヌマさんがマイクをつかみ、こう言ったというのだ。「僕たちは障害者です。でも、みなさん、目がみえないからって、こころを閉じないでください」と。

ぽえ犬と詩人は歩きながら考える5 2004/01

絶対、あきらめない

ぽえ犬と詩人が歩いてきた道

視覚障害者施設「ライトハウス」(鶴見区)で、4人の中途失明者と行った『贈る言葉』ワークショプを経て、彼らはこころを開き、贈ることばを声にした。そして再び、彼ら自身の卒業式のための稽古の申し入れがあった。

「自分で電話しなさいよ」職員の井野さんは言ったそうだ。
ユウキとタダッチ、てっちゃんが、3人の卒業発表にむけて、わたしたちに稽古をつけてほしい、という要望を受け取った飯島は、彼らの依存を感じて、返事を保留にした。彼らは北海道や広島のそれぞれの地元に帰る。おそらくもう二度とわたしたちは出逢わないだろう。わたしは引き受ける、と即答した。

そして、3回の稽古日を設けた。
稽古の初日、体育館に到着すると、既に彼らはMDレコーダーを鳴らしながら、壁に向かい、歌う稽古を始めている。そのやる気は、どこか空元気のように見受けられた。
「さあ、はじめようや」挨拶をすませ、彼らが選んだ曲「翼をください」と「贈る言葉」を練習する。
大きな声だ。だからいいとは限らない。荒すぎる。わたしはかぶりをふった。朗読の稽古も同様。落ち着きがない。飯島が「それじゃ、気持ちは伝わらんよ。俺はそんなん聞きたくもない。もっと丁寧に」と真剣な声で言う。

2日目の稽古は彼らの都合によりキャンセル。
稽古最終日。初日と同じように声は大きいが、上滑り。終了まであと少しとなって、わたしは早めに練習を終えた。円になって椅子に座っている彼らに向かって、沈黙する。彼らも黙っている。ゆっくりと息を吐き、わたしは一言「話してみて」と言った。
すると、いっせいに3人は喋り出す。将来の不安を「分かってるんやけど」と繰りかえしながら。
彼らはこれから、視覚障害者として生きるために、盲学校や鍼灸師の学校へ進路を希望していた。数日後に合格発表を控えた受験生の身は、気ばかり焦せる。一緒に暮らす家族と関係を保てない中途失明者も多いと聞いたことを思いだす。3人の胸中は期待よりも不安の方が大きい。「こんな気持ちで発表できるんやろうか」と洩らす声は、弱々しい。
「やろうと決めたことを、自分でひきうけていくこと。言い訳するよりもさきに、顔をあげて、一生懸命に立つこと、ね」
彼らは、深く何度も頷き「失敗しても、それが勉強やね」と、拳を握った。

一週間がたち本番の日、木々の芽は膨らみ早い春を告げていた。彼らをみつけたわたしは手をとると「おめでとう」を言う。慣れないスーツを着た3人は照れくさそうに笑う。けれど、ユウキの様子がおかしい。落ち着きがなく、隙間なく喋りつづけている。脇からタダッチがユウキの不合格をこっそり教えてくれた。
お喋りを弾丸のように浴びていると、見知らぬ職員に呼びとめられ、彼らを刺激するから接触しないように、と忠告された。わたしは会場の端の席に座らされる。3月の陽射しはブラインドの影を濃くしている。
ユウキとてっちゃんは、式が進行する間もずっとお喋りをつづける。彼らの会話の隙間に入れるタイミングを待ち、そっと彼の手をとり、「あんたの名前はユウキやろ。ほんまの勇気はあきらめへんことや」と小さな声で告げる。彼の身体がハッと揺れた。

そして、彼らの発表になり、3人は立ち上がった。前奏がはじまり、高らかに歌いあげると、順に語りはじめる。ユウキの番がきた。とつとつと感謝を述べると、こう締めくくった。「自分の人生やから、どうなるかわからへん人生でも、絶対あきらめたくない。」
彼らは、それぞれの道を歩き始めた。その道中でまた迷うかもしれない。けれど「絶対あきらめない」と言ったそのことばが彼らのこころの中で、ちいさな種子になり、芽がふくことを信じる。
今年春から、同じ体育館で『声とことばのワークショプ』は始まり、月に2回、土曜日の昼下がりにわたしたちはライトハウスへ向かう。

ぽえ犬と詩人は歩きながら考える6 2004/03

話すことのはじまりは、こころを聞くこと

ぽえ犬と詩人が歩いてきた道

視覚障害者施設「ライトハウス」(鶴見区) で行った4人の中途失明者たちとの「贈る言葉ワークショプ」は7回で終了、春のなかへそれぞれの一歩を踏み出した。彼らの残した要望が通り、同施設で「こえとことばのワークショップ」が始まった。

体育館のなか、高い窓からさしこんだ光が円形に並べられた椅子をあたためている。職員の井野さんが手をそえて参加者を連れてきてくれる。「手引き」ということばを覚えたのもこの頃だ。歩く時は腕をまっすぐにしていれば、彼らはわたしの肘のうえあたりにやわらかく手をおく。すこし歩幅を小さく歩いて、手引きするのである。
椅子の背もたれに、その人の手を重ねる。ゆっくりとまわりこんで、その人は腰を椅子にあずける。ワークがはじまるまで談笑していることもあれば、おだやかな湖のような沈黙につつまれることもある。

挨拶をすると、ストレッチなどして体をほぐす。飯島が歩きながらギターをつまびき、わたしは持参した詩集から数編の詩を朗読する。彼らの集中力にはいつもハッとさせられ、話すことのはじまりは聞くことだと彼らから教わった。ふかくこころの耳を澄ましながら声をだす。

休憩をはさみ、わたしはひとつの話題をなげかける。「〜〜について話してください」。〜〜は「階段について」、「窓について」など。一人ずつ順に話をして、そのあと全員でハミングする。全員の声が空気にとけ込み、体育館内を満たしてゆく。おだやかな時間。わたしは口をひらき、それまで語られた話をもとに即興の朗読をする。話してくれた人の後ろに立ち、思い出を声にしていくとき、断片のイメージがぱたぱたと頁を繰るように広がっていく。円形に詩情はあふれだし、この場は作品として結晶する。即興詩がおわり、ハミングとギターの音がちいさくなる。貝殻や珊瑚を連れて波がひくように。梢の風が季節をめくるように。
この時間が作品なのだと気づいてから、音源として残すようにした。

「今日は〜〜について話してください」と言うと、場内は円座に一瞬どよめくが、めいめいに記憶をたどりはじめる。ほとんどの参加者が中途失明者。見えていた記憶のなかをさぐる。生まれた時から全盲のとしこさんは幼い日のことを思いだして、その情景を話してくれる。井野さんやわたしはあいづうちをうち、続きを促したり、質問をなげかけたりする。参加者もその会話にはいることが多い。その間、飯島は心臓の鼓動のようなギターを弾きつづける。

第1回目は「好きな場所について」。幼い頃、としこさんは毎日のように井戸端で座り込んでいたらしい。洗濯する音、米を研ぐ音、大人たちのおしゃべりを聞いているのが楽しかったと話してくれる。手入れのゆきとどいたサラサラの髪の鈴木君は、生まれ育った和歌山・串本の海のことを話しはじめた。まるくカーブする海岸に朝の光。太陽の粉をふりかけたような海。星空の下で夜の色で波の音だけをくりかえす海が見えるよう。彼が成長していく傍らにいつも海があったのだとわかる。

鈴木君は、まだ施設に入所したばかりで、進んで自分のことを話すようなことがなかったので、井野さんは少し驚いている。こうやってわたしたちは幸運な出逢いをしたけれど、彼が再びワークに参加するのは、この日から数ヶ月もたってから。二度目は友人とともに参加し、途中で茶化すように笑い出して退席した。
それから彼の姿をみないまま数ヶ月がたち、秋になったある日、井野さんから電話が入った。「鈴木君が自分の書いた詩を假奈代さんに読んでほしいと言ってるのよ」。4カ所にエンボスのついた升目に記憶している文字を書きつづったと聞く。3日後、マフラーを巻いた井野さんから分厚い封筒を受け取る。その重さは露に濡れた干し草を思わせた。