C/P カルチャーポケット

詩人の回転レシーブ1 2002/05

崖っぷちに咲けるか。

春海の海岸に足跡が歩いている。
足裏のかたちで、歩幅は砂色に等間隔で、
波音が近づいたり、遠のいたりしている。

ここで踏み込み、くるっと回転。

詩人が詩で稼いでいることは少ない、と多くの人が知っているところだろう。まったくその通りで、たいていは別の職業を持っていて、その稼ぎで自分や家族を養い、詩集や同人誌を作ったりする。それらが流通され、売買されるケースは非常に少ない。

3歳から詩人だったわたしは、小学生の頃から詩誌デビューを果たし、詩人である母たちの季刊フリーペーパーに〆きりを持ち、新聞に投稿しては、お小遣い稼ぎをしていた。
順調に作品発表していたにも関わらず、専業主婦でもある母に「詩を仕事にしようなんて思わんことよ」と言い続けられていた。彼女の意図は汲めなかったが「詩が人生の友達なら、いいじゃないの」ということなのだろう。
母を見るかぎり、詩と人生は互いを深めあっていた、と思う。日常が詩によって発見されていたし、書くという行為のなかに、人生や孤独をみつめる姿勢を感じていた。子どもながらにそんなことを思っている間に、就職活動の年齢になりコピーライターという職業を選んだ。コトバへの関心が、ほかの興味よりアタマ一つ分高かったから。
風通しのよい会社だったことが幸いした。当時の関西では詩のイベントは殆どなかったので、朗読というカタチの詩の企画を立ち上げていく。そして10年程サラリーマン詩人をやっているうちに「ああ、いつでも詩をやめられるな」と思ったのだ。悔いの残らないようにやってきて、水のようにあまねく流れる人でいたい、と。
そこで環境を一変してみた。職業を変え、野生鹿が住むような吉野の山奥で暮らしはじめたが、数カ月で身体を壊し、再び職業を考えたときに、コトバしかなかった。
一昨年の年末から大阪でフリーライターとして暮らしはじめるのだが、詩人として蒔いた種子が少しづつ芽をだしてきていた。

詩のイベントも詩人の友達もすこしは増え、詩の仕事らしきものが舞い込みはじめた。
詩を仕事にしようと決意したひとつのきっかけは、わたしが大阪に来たときと同時の辛い事柄まで遡る。
若い詩人の友達が自殺した。
真冬の朝に飛び下りたのだ。
「コトバが人生の光になる」と伝えきれなかった悔しさ。とりかえしのつかない日々を、どうすれば顔をあげて生きていけるだろうか。わたしなりのやり方、詩を仕事として成りたたせ、いい仕事をして、コトバと人々を繋ぐこと。それがわたしの供養であり、悔しさへの刃向いだと思いはじめた。
ところが、詩を仕事として成り立たせる具体的手段がよくわからない。ともかく考えつく事柄を実践するより方法がない。
そのひとつが物販。あまりに当たり前だけど、物々交換の時代を生きている詩人たちには、物販という概念がなく、そのマーケットは未知の海である。

この度「C/P」から朗読CDを作らないかと持ちかけられた時、旭区の芸術創造館の正方形の机に着くまで信じられなかった。
打ち合せを重ね、制作の流れ、お金のことなどを詰め、どうやってカタチにしていくかを話し合っている。立ち上がった企画は、女性6人と上田假奈代(詩と朗読)とのコラボレーション。

お相手として決定したのは、

●津上みゆき(画家)
●つき山いくよ(アーティスト)
●篠原千代(歌人)
●田村知恵 (ヒゲ好きグラフィックデザイナー)
●卜田真樹子(会社員)
●スーパーラヴァーズ(上田假奈代×山本拓 海のユニット、略してスパラヴ)(敬称略)

次号からは彼女たちとのやりとりをまじえ、詩人の回転レシーブ実況:CD制作レポートをお届けします。

詩人の回転レシーブ2 2002/07

ピンチでパンチ!

いきなり、ピンチである。
何から何までアクジュンカンする時は、何から何まで頭痛の種になる。
そんな時には、淡々と目を覚まし、日々の仕事をし、焦らず、愚痴言わず、誰かのせいにせず、謙虚に行動するにかぎる。誰も誉めてくれなくても、他人に期待せず、怒られても、率直に謝る。
でも、それができないのよね。深夜にケータイを握りしめて、本体が生温くなるまで愚痴ってるし、目的と目標がうかうか入れ代わって見失ってるよ自分、となる。こんな体勢をたてなおすためには、やっぱり、目の前のひとつひとつに集中するしかない。
さて、詩人の回転レシーブ*CD制作は、5人と1組のコラボレーション相手をみつけたものの、CDのくせに音関係者が一人もいないという事実に直面した。CDだから音の人といっしょにするという方針をあえて立てなかったのは、ごめん、わたしである。
腕組みしたディレクターが言った。「これはCD-ROMじゃないの?」で、うっかり「いいねえ」と相槌うってしまったのだ。だがしかし、わたしはゲームしない、コンピュータも達者じゃない、今だにTVも電子レンジも持ってない古臭さ人間なのである。ROMって、何ができて、何が面白いの?白い紙に赤ペンで書いた。「大ピンチで大パンチ!」

助けて、SUPER LOVERS

パンチは右ストレート。軽くジャブして、ピポット。腰をひねる。動線をつたい肩から右腕をつきだす。サッとひっこめる。わたしの片腕は「SUPER LOVERS」。
これまでにない詩の見せ方を展開し話題を呼んでいる「ラジオデイズ」http://radiodays.cool.ne.jpという二人組がいる。昨年の夏、東京・ウエノポエトリカンジャムで出逢った。お互い関西で活動していたので面識はあったが、そのうちの一人、長い髪を束ね、クールな技術屋さん風情の山本拓海と喋ったのははじめてだった。二言ほど喋り「いつか仕事しようよ」と目線で交わした印象がある。その半年後には仕事に追われて困るようになったわたしが、彼に手伝ってもらう事態が度々発生し、これはユニット結成だね、とスパラヴは生まれた。音響やデザイン、企画などを彼が担当し、わたしは原稿書き、出演者という役割。ROM制作なら、彼が威力を発揮してくれるのではないか。返事はok。二日後には、ROMアイデアを提出してくれた。インターフェィスのラフ案などもまもなくあがってくる。

気球に乗って、つき山いくよ

彼女は、関西秘蔵のアーティストだ。ダンサーの山下残、音楽家の野村誠あたりから紹介されたように思う。出逢いは96年。当時わたしが主宰していたシタゴコロプロジェクトのワークショップに参加してくれた。マイペースにキュートに真剣な日々を生きる人だ。なんとも愛らしい丁寧な仕事ぶりにいつも感動する。お誕生日には、灯る電柱を背に唄とダンスを贈ってくれた。ある時は夕御飯の後「もやしのダンス」を秋の公園で踊ってくれた。客はわたしだけ。
今回のプロジェクトに彼女の参加要請は必至だった。雨の5月。カフェの2Fでカフェオレを飲みながら、今度のCD-ROMどんなことしようかあ、とふたり窓辺を眺めていた。「ちょっと考えてみたんだけど」と彼女からアイデアが飛び出す。

  • 人文字 手旗信号 手話(自分たちで捏造)
  • わたしのテキストの一部分を外国語に訳し、彼女がそれを読む。
  • 跳び箱朗読
  • トランポリン朗読
  • 「ココロのトリ」(つき山:作)の旅をわたしが詩にする
  • ふたり 気球に乗って去っていく。

詩人の回転レシーブ3 2002/09

であいなおしつづけ る

人生は、家出の連続とも言える。
 
玄関の扉を閉めて、ここに帰ってくると漠然と信じたまま出かける。
けれど、秋風のたなびきはじめた横断歩道に濃霧が発生し、何台もの自動車が突っ込んでくるとか、渡っている橋の欄干にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、橋がまっぷたつに折れてしまうとか。そんな出来事が起こらないとは誰も言えないはずだ。

ずぶずぶと、そんな妄想をしていては家を出ていけない。
毎日生きていると、トラブルも起これば誤解も生じる。気持ちのところで許せない、なんて台詞は飽きるほど聞く。だからこそ、扉を開けて家を出て行くその時、勇気も必要だろう。

勇気というのは、一大事に発揮するのではなく、何気ない日常に必要なものなのだ。

最近つくづく思うことは、生きるって、であいなおしつづけることかもしれないね。

夜がきて朝がきて、季節がやってくる。
悲しいことも嬉しいことも、せつないことも玄関の扉の外で内で、時間の波に沖へ沖へと漂っていく。
朝起きて、自分にであいなおし、
挨拶を交わし、他者にであいなおす。

死ぬまで日々は、であいなおしつづける一本の道だ。

五分と五分で、津上みゆき

真夏に照りつける御堂筋を渡って、彼女と歩いている。ふたりの影は短く、黙ったままである。
ビジネス街のなかにある「キュービックギャラリー」への階段を重くあがっていく。
冷房の効いた部屋で、やっと顔色がもどってくる。イベント「いろこ とば」が秋でよかった。
CD-ROMに収録する作品をライブにしようと思いついたのが初夏。彼女が関東に引越したため、京都での展覧会場へ足を運び、東山を眺めながらパスタランチを食べて、勢いの1時間で決めてしまった。
2度めに会った真夏、会場である中崎町「天人」で待ち合わせ「キュービックギャラリー」でまた打ち合せをする。彼女は黒い瞳でまっすぐに言う。「五分と五分でやりたいねん。」画家と詩人の、それは真剣勝負だ、と言えば聞こえはいいが、これをイベントとして立ち上げていくためには周到な準備がいる。制作を担当するわたしは、舞台監督にスーパーラヴァーズの山本を、音響に今回のCD-ROMディレクター伊藤を口説き、構成の打ち合せを重ねている。9月の、とりかえしのつかない月夜を、ポエジィで満たしたい。
 

であいなおして、卜田真樹子

卜田、この見慣れない名字は、シメダと発音する。彼女に出会ったのは、14年遡った京都である。
短大の教室。わたしたちは特別親しいというわけではなかったが、彼女のまなざしの強さは印象的で、不器用そうなこの人に、孤独と潔さを感じていた。
今年に入ってすぐに小さな同窓会があり、遅れて駆けつけたわたしは集まった10年ぶりの変わらない友人たちと喋りながら、控えめにその場にいる彼女をみつけた。東京から戻ってきたと、はにかむ彼女。ちょうど「詩人の回転レシーブ*CD制作」の6人目のアーティストを探していたところで、その佇まいを見て突然にひらめいてしまった。「ちょっと口説いていい?」隣に腰をおろし、説明をすると、大きな瞳をますます大きくして「わたしに何ができるかなあ」と表情を変えない。「写真か絵がいいな、しめちゃんの作品、好きだったから。」
写真が届き、数枚をピックアップした。ひとりの女性がいまここにしかない瞬間を両脇に力をこめ、切り取った四角。そこから物語を突き抜けていく詩をつくりはじめよう。


津上みゆき tsugami miyuki

1973年生まれ
1998年 京都造形芸術大学 大学院芸術研究科修了。
96年から個展中心に活動を続け、グループ展も多数。
個展
2002年08/19〜09/20 佐藤美術館(03-3358-6021)
2002年08/20〜09/7 ギャラリーPSY(03-3231-3737)
グループ展 ART:SYNAPSE2002
2002年09/17〜29  ギャラリーマロニエ(075-221-0117)


卜田真樹子
shimeda makiko
1969年5月1日大阪生まれ
京都芸術短期大学 ビジュアルデザインコース卒業。
セツ・モードセミナー卒業。
油絵、イラスト、デザイン、DTP、写真など日々いろいろと手掛ける。現在は、営業事務会社員。


●いろこ とば

津上みゆき 絵を描く × 上田假奈代 詩をよむ
 

天性の画家 津上みゆき 実演絵画と
あの闘う詩人 上田假奈代 熱情朗読が
120年の時を持つ天人で 観測される02年の秋

詩人の回転レシーブ4 2002/11

それぞれの人生は、はじまってしまうものなんよ

夜の窓から風がはいってくる。

まだ靴下をはかずにいて、そのうちトイレばかり行くようになるのに、まだ靴下をはかずにいて、そのうち痺れてくる足首はひどく冷たくなるのに。はじまってしまっていることを、まだ背中のあたりでしか気づいていなかった。

友達は無駄をついやしてこそ友達やねん。恋愛もおなじで、恋愛をするために恋人になるわけやないねん。
川の土手や公園のベンチに並んで腰掛けて、足をぶらぶらさせながら、他愛もない話にやがて沈黙が訪れ、その静かな時間に身を浸す。しなやかな思い出となるには、この沈黙の深さが触媒となる。

気がつくと、一緒に坂道を走っていた幼い友達にも、わたしにも、人生ははじまっていて、この時代の風景のなかで、あそこではないここに立っている。いま選びとった時間は、まぎれもなく自分自身で選んでいる。何かに印象づけられたのではなく、誰かのせいでもなく。人は人生を担っている。それを忘れないよう、他者や自身とも、ことばを使って繰りかえす。

国を追われたブレヒトという詩人が語って、友人の批評家ベンヤミンが書きとめた走り書きを紹介したい。
「つまり、たとえヒトラーがいても人生はつづいてゆくのだし、いつの世にも子どもはいるのだ、という認識」(川村二郎訳)

このメモから導き出されるのは「中くらいの認識」。日常を生きるわたしたちは、最良や最悪やひとりよがりに身を寄せて物事を判断するやり方で、巧さやあざとさや飾りで“そう言ってしまえることば”を使うのではなく、こころの真ん中、及び真ん中あたりのことばを選びたい。
わたしたちの日々、それは朝昼夜と、だらだらとつづく生活ともいえるのだが、同時にそれは、自身の今生であること。かたときも意識すること。その時、友達のように、ことばが役にたってほしい。
はじまってしまった人生を全うするために。

可愛らしさの年輪で、篠原千代

セピア色のアルバムを見せてもらいながら、この天真爛漫さは天性のものだろうと頁を繰る。戦争を10代で過ごしているのに、そこには愛らしい文学少女がいた。思わず、戦争のことについて質問をすると「終戦の時には、子どもながらに虚脱して、もう、はーって感じ。」それを乗り越えて生きてきたのだ、と思うと、なんともいえない気持ちになる。 彼女がつくる短歌には、おさげ髪の女の子のような仕草がある。ノートに縦書きされた短歌を拝読するうちに、いつしか真冬の激しい雪のなかに立つ1本の木が浮かんできた。南側は大きく、北側は狭い年輪。すっくと立つその人の短歌にわたしは返詩を書こうと、風渡る5首を選んだ。

ヒゲコ同士で、田村知恵

彼女のことを、ヒゲコさんと呼んでいる。
「どうしてヒゲが好きなんですか?実はわたしは、子どもの頃からヒゲをはやしたかったの」と彼女の自宅にお邪魔して、北海道名産巨大スイートポテトを食べながら尋ねた。「そうなの。わたしも。」と返ってきた返事に、わたしたちはすっかり姉妹気分。同い歳なんだけどね。
作品については、即決だった。ヒゲの詩。ヒゲコさんプロデュースのヒゲをはやしたわたしの顔イラストをヒゲ剃りマウスクリックすると、剃る度に詩が朗読される。マウスの動線によって詩が変わるのだ。こうして、わたしの夢はヒゲコさんによって叶えられることになった。

詩人の回転レシーブ5 2003/01

わたしたちはいつも、未来も過去も選んでいるのよ

おやすみ と言って一日を閉じる。

アリは、働き者だと思われている。けれど、どうやらアリが10匹いたら、働きアリは1匹だけらしい。残りの9匹はそのまわりを何もせず、ただ忙し気に右往左往しているそうだ。ある晩、働きアリが「おやすみ」と言って、もう立ち上がることのない眠りにつけば、翌朝には、どこからともなく1匹が現れて、猛烈働きアリとなり、アリの秩序はくりかえされる。

わたしたちのこころは、何種類何匹もの生き物によって構成されている。
ある方向へ一歩を踏み出すのは、そのなかの好奇心旺盛な、想像力に長けた一匹による仕業。

未来はいつも いまとともにある。

そのことを知っている一匹は、慰めよりも励みになることばを発し、未明の明け方へ漕ぎ出すためのことばを自らの態度に持っている。

そして、過去は、いまの生きようによって、選びなおされているの。

だから、過去の洗濯は自分でする。
他人に自分の過去をゆだねてはいけない。
ポケットから何か素敵なものが出てくるかもしれないし、取り入れた洗濯物のおひさまの匂いをたたみながら、折り目のことばで、毎日いまを未来へつなげてゆくと、いつのまにか過去が変わっている。

アリの巣へ、ことばを運ぶくりかえしを、
わたしと世界の関係のしかたとして考える。
働きアリは、いま働くという生き方があり、残り9匹もまたその役目が自分にあることを知っている。
焦ることなく、あきらめず、地面には傾斜もあれば、草むらも、水たまりもある。
そこにあざやかに映っているのは、昨日からつづいていて、明日へと色あいを変えていくわたしたちの空だ。

詩人の回転レシーブCD制作の進捗報告

■2002.9.16「いろことば」ライブ決行

津上みゆき(画家)と上田假奈代のコラボレーションライブを、中崎町・天人(あまんと)で行ないました。
壁三面に大きなキャンバスを用意し、3部で構成。時間軸にぶれて、1部は残すもの、2部はであい、3部は残されたものがテーマ。リーディングとライブペインティングの組み合わせは、声と音楽のよう。筆をキャンバスにぶつける音、筆を洗う音、構図をきめる彼女の足音。それらに触発されるわたしの声は、彼女の身体からほとばしる色になり、線となるのですが、同時に音を発し、また声に共鳴してゆくのでした。この模様を録音したものに、
さらに朗読を加え「過去の自分とコラボする」を構想中。

■ちゃくちゃくと朗読録音進行中

録音スタジオに入ること数回。やっとスタジオの空気が掴めてきました。けれど、聞いてくれる人がほしいと熱烈に思うのね。伝えたい対象がその場にいないと、声の行き先がぼやけてしまうのが目下の悩み。不在のあなたを想像する力。それは、白い紙にむかって詩をつくる行為にとても似ている。

詩人の回転レシーブ6 2003/03

今日を、昨日と同じでなくするために、歩いていく

素足の春に、カーテンを開く。

実家から、母が所蔵する詩の関係の本を200册ほど譲り受けてきた。時折、鉛筆で傍線がひかれた箇所に目がとまる。

傍線の横には、ハッとすることばがあった。部屋でひとり、頁を繰る母の姿が思い浮かぶ。彼女の詩は、平易なことばで、キリリとして、微笑んでいる。新鮮でいて視線が深い。その理由がそこにあった。

傍線箇所:何かもっと切実な、もっと根源的に「生」にかかわるもの、それが詩の新しい任務だ。(略)詩は経験である。存在に対する広くて深い認識の経験こそ、詩の言葉の機能を増進させうる唯一の条件である。
(「現代詩を求めて」 村野四郎著)

なぜなら、詩のことばは、意味をあらわすものではないから。
ことばを意味に閉じ込めてはいけない。人が思考するとき、ことばが、その人の限界をあらわしていることに気づいているだろうか。意識されたことばは、ことばがみずから意味するものの限界をしるしつづけ、意味しえないものとの境界をはっきりと指ししめす。
文字が行間を持つのは、ことばがことばにならないものを抱いているから。深い夜を照らす月明かりが、木の影の鬱蒼とした闇をさそいだすように、ことばによって、ことばのうちに抱いている沈黙がさそいだされて、しずかに枝葉は浮かびあがる。
ことばは、ことばの限界に行きつこうとする歩みによって詩になる。詩人は歩みをやめない。だから詩は、ことばへの限界を一歩一歩踏みしめながら読みたい。

傍線箇所:存在に対する認識の深さは、詩の中に倫理という知的な形で現れるよりも先に、この象徴が編み出す直覚的な世界に最も微妙に顕現する。(同引用)

ことばは、あらかじめ用意されるものではない。もっと瞬間的だ。ことばを使うことは、わたしが世界をどう感じ、考えているかを明るみに出すこと。自身がどのように生を担っているかをあらわすものなのだ。粒子のように細かなことばの息づかいは、自身の意識のあらわれである。
そして、目を閉じて、ことばに意識をうながしたとき、季節が鮮やかに巡っていることを感じる。

詩人の回転レシーブCD制作の進捗報告

■なんといってもお稽古

愛のある朗読には、お稽古が必要。想像力と工夫、技術の積み重ねなくして、芯の太い作品は作れない。パフォーマーつき山さんとのコラボレーションには、何度もお稽古を重ねている。彼女はダンサー。身体を動かしながら声をだす。その動きに声は反応しあう。声が、呼吸によることがよくわかる。それに「詩のオーケストラ念じ組」をまじえてのセッションとなり、お稽古は一段と熱を帯びる。一曲のために、わたしたちの声は、いい匂いのする空気を練りこむのだ。

■声で勝負だ

CDextra計画を見直し、ピュアに声をたちあげるCDとして再スタートをきった。声は、ふしぎな楽器。声帯をふるわせ、身体のなかを通して、鳴る。冬の北風に喉の温度がさがると、てのひらで喉をつつみ、かすかに喉をふるわせる。すこし湿りはじめると喉はあたたまってくる。電車のなかで着物姿の女から、かすかなハミングが聞こえたら、それはわたし。朗読の鍵は、その人の息づかい、呼吸なのだ。